「無念で悔しい」
1年あまり前、中国市場からの撤退を余儀なくされた、あるメーカー幹部の言葉です。
撤退の理由。それは、現地で爆発的に増えた自社製品の「偽物」の存在でした。
長年、海外に進出する日本企業を悩ませてきた日本製品の偽物。巧妙化する手口の実態、そして最新の対策はどうなっているのか? 最前線を取材しました。(政経・国際番組部 村上由和)
偽物に追い込まれた化粧品メーカー
佐藤さんの会社はかつて中国に進出。一時は多くの売り上げを上げていたものの、その後、撤退を余儀なくされました。
原因は、市場に大量に出回る自社製品の「偽物」でした。
今回、これまでの経験が何かの役に立つのであればと、取材に応じてくれました。
一気に広まった“偽物”たち
この会社が、中国に進出したのは2015年ごろ。
地元・北海道で製造したスキンケア商品は、次第に中国での認知度と評価を高め、2017年ごろには、注文数が急増。年間の売り上げは、20億円を超えました。
しかし程なくして、現地の販売代理店から、偽物が出回っていることを知らされます。
佐藤公春副社長
「売り上げが一気に伸び、生産工場は朝から晩まで大忙しでした。同じ頃、偽物が出回っていると聞かされましたが、ここまで問題になるとは思っていませんでした。パッケージの日本語が間違っているなど粗悪品で、見抜くのが簡単だったからです」
当初は見抜くのが簡単だった偽物も、すぐにパッケージの模造のレベルが向上。
メーカー自身ですら、見た目だけでは本物と偽物の区別がつかない商品が、市場に出回るようになったのです。
偽物はただの油と水…
さらに、中国での主な販売チャンネルであるインターネットの通販サイトでも、頭を悩ませる事態が発生します。
これらのサイトでは、偽物の商品が、正規の値段の半額以下で売られていました。
購入して調べてみると、実際には水と油、香料を混ぜただけの粗悪品でした。
しかし、消費者に見分けがつくはずもなく、この会社の正規の商品は売れなくなっていきました。
警察による倉庫の摘発が1度は行われたものの、偽物の生産工場も倉庫も、次から次へ出てくる状況で、効果はありませんでした。
本物を証明するシールを作りましたが、すぐにまねされました。
こうした中、中国の小売店からは、偽物が流通していることを理由に、取り引きを断られるようになりました。
無念の決断
「社員100人程度の中小企業にやれることは、これ以上なかった。最後は偽物が市場全体の6割から7割を占めるようになっていた。無念で悔しい」
中国のサイト上では今なお、この会社の商品の偽物や類似品が販売されています。
調査会社によると、その流通量は、金額にして推計50億円程度に上るということです。
最新技術で挑む 偽物対策
福井県鯖江市の酒造メーカーがことし9月に導入したのが、都内のIT企業が開発したICタグによる偽物対策です。
このタグを日本酒のラベルの裏側に貼り付け、そこにスマホをかざすと、専用のサイトに接続され商品の状態が表示されるというもので、ラベルを切ったりすると、タグが断線します。
瓶は“本物” 中身は“偽物”
こちらの日本酒は、この会社の看板商品です。
5年以上熟成させるため出荷量は限られ、世界的な需要の高まりに追いつけない状況が続く中、悪質な業者はそこに目を付け、偽物を流通させているのです。
手口は、中身だけ別の酒に入れ替え、キャップやラベルなどを精巧にまねて封をするというもの。
そうした偽物が、飲食店や小売店で実際に販売されていることもあるといいます。
「飲食店で『これはおかしいと』とその場で言ったことは1度や2度ではありません。10回以上はあります。中国でもアメリカでもヨーロッパでもあります。どれくらい被害に遭っているかは調べようがないのでわからないですが、累積で数億円で済めばいいと考えています」
一方、システムを開発したIT企業には、この会社以外にも、50社ほどの酒造メーカーから、問い合わせが来ているということです。
「海外で日本酒が有名になればなるほど、偽物が出回るという相談が蔵元から多く寄せられています。正規品とか本物を証明するようなエビデンス(証拠)として示すことで商品自体のブランドとか信用を高めていくことができると考えています」
目に見えない“タグ”で識別
都内の大手コンサルティング会社が導入したのが、アメリカのベンチャー企業が開発した“粉”を使った最新技術です。
粉には無数の穴が空いていて、その配列がバーコードのような役割を果たし、特定の情報をひも付けることができます。
粉の大きさは目に見えないほど小さく、複製は困難で、耐熱温度は1000度あります。
この会社によると、口にしても無害で、肉や魚などの食品や薬をはじめ、洋服の繊維に混ぜ込むこともでき、さまざまな用途への活用が期待されています。
「オーストラリアでは中国等に輸出する牛肉に付けたり、アメリカでも薬の表面のコーティング剤に混ぜて使用する例があります。バーコードやQRコードは簡単にコピーすることができるので偽物対策には使えませんが、この粉はコピーできないので本物を示す証拠になります」
この企業では現在のところ、包装用のフィルムや果物の表面のワックスなどに混ぜ込むといった使い方を想定しています。
「輸出をすれば偽物が出る、これはもう確実なんですよね。本物が明確にわかるようになれば、逆に偽物自体が減っていくはずですが、今まではその手段がまったくない状態だったので、この粉を使って徹底的な偽物対策をしたいと考えています」
偽物対策 まずは商標登録を
日本の化粧品や医薬品は品質が高いと中国で人気が高い一方、見た目をまねしやすく単価も高いため、悪質な業者から狙われやすいからだと見ています。
その上で花田さんは、まずは商標登録を行うことが大切だと指摘します。
「中国に進出する企業も、進出する計画がない企業も、なるべく早いうちに中国で商標登録をする必要があります。(悪質な業者に)先に商標登録をされると偽物と証明できなくなり、いざ輸出しようとしてもこちらが偽物になってしまいます。その上で、ネット上を地道にパトロールし、偽物が販売されるストアを少しずつ減らすなどして、偽物を製造しても儲からない状況を作り出すことが大切です」
いまだ終わりの見えない、「偽物」との戦い。
最新技術の活用が、新たな風穴を開けることができるのか、今後も注目していきたいと思います。